- 投稿日
- 2018年12月13日
- 更新日
がんの免疫療法について
本庶佑先生のノーベル賞授賞式がストックホルムのコンサートホールで行われ、私はカロリンスカ大学病院で外科医として働く姉とともに出席しました。この記事の表示画像として載せた本庶先生ご夫妻の写真は姉が撮影したものです。 本庶佑先生のノーベル賞受賞でがんの免疫療法が脚光を浴び、マスコミも大きく取り上げるようになりました。インターネットでも様々な情報が流れています。その中で、自費診療で免疫療法を行っているクリニックがこぞってニュースを取り上げているのが特徴的です。 けれども、本庶先生の発見によって開発された免疫チェックポイント阻害薬であるオブジーボのように保険適応となっているがんの免疫療法と、自費診療の免疫療法とはまったく異なるものですので、注意が必要です。 がんの免疫療法は、1890年代にがん患者に細菌を投与して免疫力を高める治療から始まっています。現在でも膀胱がんに用いられるBCGや胃がん、肺がんなどに用いられるピシバニールも細菌から作られています。これらは非特異的免疫賦活薬と呼ばれています。 BCGは、フランスで作られた結核のワクチンです。カルメットとゲランというフランスの細菌学者が作った桿菌(細菌の一種)という意味で、Bacille de Calmette et Guérinの略です。 BCGはウシ型結核菌をもとにして作製された弱毒化された結核菌です。 BCGは予防接種だけでなく膀胱がんの治療にも使われます。BCGを直接膀胱内に入れることで、がんの治療と再発予防効果があるのです。 私は膀胱がんのスクリーニング検査(尿細胞診)を長年行っていました。染料工場の産業医として、職業性膀胱がんの早期発見を目的とした仕事に携わっていたためです。 染料の原料として使われていたベンチジン、βーナフチルアミンという化学物質が膀胱がんの原因となることが昭和40年代に明らかとなりました。すでに製造禁止となっていますが、当時これらの原料を取り扱っていた元従業員の膀胱がん発症リスクが高いことがわかっています。実際、いまだに膀胱がんを発症する人がいるのです。そのため、できるだけ早期発見をするために、スクリーニング検査を会社の健康管理室で行っていたのです。 膀胱がん疑いの所見となった場合には、泌尿器科で精密検査を受けます。もし膀胱がんが発見された場合には引き続いて治療を受けるのですが、かなりの割合でTURという手術とBCGを組み合わせていました。BCGの効果はかなり高いものであったと感じています。 BCGの副作用は膀胱炎、血尿、頻尿、発熱などで、患者さんによってはかなり辛い思いをすることになります。 発がん性物質の健康影響はすぐに出るわけではありません。10年、20年、30年後になってがんを発症するのです。 そもそも染料、着色料など、色のつくものはほとんどが有害物質です。インク、衣服の染料なども有害です。京友禅の着物の職人さんが染料を調節するために筆をなめていたことから、色素に曝露して膀胱がんを発症することが多かったことも業界では良く知られている話です。 髪の毛を染めるのも危険です。 現在多くの若者がおしゃれのために、そして高齢者が白髪を染めるためにカラーリングをしています。 さらに、最近小さな子供の髪を茶色く染めている若いママをみかけます。 化学物質の影響は分裂が活発な細胞で大きいのです。 若い人に比べれば、お年寄りの白髪染めは影響が少ないと言えるでしょう。また、お年寄りが発がん性物質に曝露したとしても、実際にがんができるまでに時間が数十年かかるとすれば、寿命のほうが先に来る可能性が大きいわけです。ただし、現在寿命がどんどん延びていますので、60歳からカラーリングで曝露した影響が80歳くらいに出てしまうこともあるかもしれません。 カラーリングはしないように、髪の毛は自然のままの美しさを楽しむことをお勧めしたいと思います。 ピシバニールは溶連菌に特殊な処理を施して薬にしたものです。これは菌体制剤と呼ばれています。溶連菌に対する免疫反応を起こして免疫力を高め、がんに対しても抵抗力をつける効果があります。 副作用として、注射部位の発赤、腫脹、熱感、発熱、全身倦怠感などが起きます。 BCG、ピシバニールのどちらも免疫反応を強くして、結果としてがんに対する抵抗力を高めるのです。 次には免疫力を高める物質として「サイトカイン」を投与する治療が開発されました。インターフェロンやインターロイキンを使った治療法がこれに当たります。 さらに免疫細胞を体外に取り出して数を増やしたり、攻撃力を高めてまた患者さんに戻すという養子免疫療法(LAK療法など)や、抗体を薬にするなどの方法も開発されました。このほかにも、樹状細胞療法や、がんワクチン療法などもあります。今までにあったこれらの免疫療法はすべて免疫力を高めるという方法でした。 これに対して、本庶先生の発見による免疫チェックポイント阻害薬は、免疫にかかっているブレーキを外す働きをして、結果として免疫力が高まるという治療薬です。抗がん剤にはアクセルとブレーキがあり、今までの免疫療法はアクセル、免疫チェックポイント阻害薬はブレーキといえるでしょう。 がんが免疫に対してかけているブレーキの部分を「免疫チェックポイント」と呼びます。免疫の検問所、という意味です。 癌細胞は、がんを攻撃する免疫を抑えるために、PD-1にPD-L1といタンパクを結合させてT細胞を弱らせてしまいます。ですから、そのがん細胞のシステムをブロックするために、PD-1に先に抗体を結合させて、がん細胞がブレーキをかけられないようにするのです。新たな作用機序で一部のがんに劇的に効果があるため、夢の治療法と言われるようになりました。 はじめはメラノーマだけに対して保険適応となっていましたが、現在は根治切除不能、あるいは転移性、再発性、難治性のがんなど(腎細胞がん、非小細胞肺がん、頭頚部がん、胃がん、ホジキンリンパ腫など)、どんどん適応範囲が広がっています。 ただし、これらのがんに対しても、実は奏効率は2〜3割(効果があるのが2〜3割)ということを頭に入れておかなければいけません。この奏功率を高いとみるか、低いとみるかは人によるかとは思いますが、現在オブジーボの保険適応には厳しい条件がつけられています。効果がない人にこの高価な薬を使用しても無駄であるためです。 現在、オブジーボの効果があるかどうかについて、あらかじめ検査をして効果が期待できるがんだけに治療をするということも行われています。今後、この薬の効果の有無があらかじめ遺伝子検査などによってわかるようになれば無駄な治療を受けることもなくなると予想されています。 現在、保険適応外のがんに対して自費診療でオブジーボを提供するクリニックもあります。治療には数百万円がかかるわけですが、効果があるかどうかは未知数です。保険適応になっていないということは、効く可能性が少ないということです。 高い費用を支払って、効かないばかりか、副作用で大変なことになってしまっている患者さんが後を絶ちません。 そもそも、自費診療で免疫チェックポイント阻害薬による治療を行っているクリニックはかなり怪しいところが多く、腫瘍専門医がいないクリニックもあります。全身管理ができる入院設備もなく、副作用が出たときには何もしてくれないということもあるのです。 自費診療で行われているのはオブジーボによる免疫治療だけではありません。前述した養子免疫療法、樹状細胞療法、がんワクチン療法などもすべて保険適応とはなっていません。これらの治療はオブジーボ同様、数百万円の費用がかかることが一般的です。 がん(悪性腫瘍)についての記事でお話ししましたが、治療に際してはよく主治医とご相談のうえ、まずは標準治療を第一選択とし、悔いのない意思決定をするようにしてください。 “夢の治療法”という言葉に踊らされないように気を付けてください。
本庶先生のノーベル賞受賞
素晴らしい授賞式で、本庶先生のお着物姿はとても素敵でした。日本人としてその場所に立ち会えることに誇らしさを感じました。免疫チェックポイント阻害薬と自費診療の免疫療法
ここではがんの免疫療法についてわかりやすくご説明いたします。免疫療法の歴史
BCGによるがんの治療
BCGは結核に対するワクチンにも用いられています。
効果はあるのですが、がん細胞を死滅させる機序についてはまだよくわかっていません。膀胱内に注入された菌が腫瘍に取り込まれ、菌に対する免疫反応が起こり、腫瘍細胞が貪食、破壊されると考えられています。
けれども、ここでも発熱による抗がん効果が出ていたのではないかと思います(がんの温熱療法参照)。コラム 発がん性物質について カラーリングはやめましょう
口に入れるものには十分に注意を払う必要があります。
化学物質は頭皮から確実に体内に吸収されますから、カラーリングするたびにその化学物質が体内に入って蓄積されることになります。カラーリングはできるだけ避けたほうがよいでしょう。
つまり、若い子どもほどDNAが傷害を受ける可能性が高くなります。
子供の髪の毛を染めるなど、もってのほかなのです。ピシバニールによるがん治療
これらの治療法は原始的な方法で免疫を賦活するものです。長い歴史があり、がんの治療薬としては費用も安く抑えられています。その他の免疫治療
免疫チェックポイント阻害薬の奏効率(効果)は2〜3割
ここには、免疫が暴走しないようにT細胞にあるPD-1(プログラムされた細胞の死)というレセプター(受容体)があり、免疫を制御しています。これがないと、免疫が暴走して自分をも攻撃してしまうSLEのような自己免疫疾患になってしまうのです。このレセプターを阻害する薬が免疫チェックポイント阻害薬です。自費診療のクリニックでの投与は危険
もちろん、海外で承認されていて、国内での承認が遅れているということもありますが、たとえそうであっても、保険適応になる基準(抗がん剤として承認されるための基準)がおよそ2割の人に効く、逆に言えば、8割の人には効かないということをよくご理解ください。