宮川路子の水素栄養療法

主治医が教えてくれない水素・栄養療法の話   うつ、がん、アンチエイジング

スポーツ選手と貧血の問題について

体育会の学生と貧血

 私は大学で体育会の学生との関わりが多くあります。体育会の部の部長も務めていますし、私の講義はスポーツ・サイエンス・インスティチュート(sports science institute)という体育会の学生のためのコースの指定科目となっているために、自分が所属している学部だけでなく、全学部の体育会の学生に公開されています。毎回300名程度の受講者のうち、体育会の学生が約3分の1を占めています。

 週6日の激しい練習をこなしながら講義に出てくる学生は疲れきっていて、授業中机に突っ伏して寝てしまっていることもよくあります。私は1限(朝の9時から)の講義も担当しているのですが、朝早くからがんばって出てきているような体育会の学生さんを見ると、本当にえらいなと感じています。
 一般の学生さんでさえ、1限は大変だからと、出席しない人が多いのですから、朝練の後に講義に出てくる姿勢はそれだけで評価に値すると思い、成績はAをあげたくなります(冗談ですが。。。)。

 もちろん、寝てしまっている学生さんを起こすようなことはしません。ただし、あまりにもぐったり疲れている様子を見ると、もしかしたら貧血があるのではないかと心配になることもあります。実際、貧血気味の選手から相談を受けることもあります。

 がんばって講義に出て来てくれているそのような体育会の選手たちのことを意識しながら、少しでも役に立つ情報を提供できるようにと考えています。

 ちょっと余談ですが。。。
 「体育会学生は成績が悪い」と一般的に言われていますが、決してそんなことはありません。私の講義では、試験の最高点はしばしば体育会の学生が取ります(もちろん、最低点も体育会の学生が取ることが多いです)。

 本当によく勉強しているのがわかって感動するほどです。

 オリンピック出場選手や、プロ野球に進む学生もいましたが、彼らはみなとても良い成績でした。何でもできる人はすべてにおいて努力を怠らず、優秀なのだと感じています。

スポーツ選手が貧血になる理由

 ではなぜ健康的なアスリートが貧血になってしまうのでしょうか?アスリートが貧血になる理由は、一般の人と少し異なっています。

① 鉄の必要量の増加
② 喪失量の増加
③ 摂取量の不足
④ 希釈性貧血

① 鉄の必要量の増加
 アスリートは身体を鍛え抜いていますので、普通の人に比べて筋肉の量が多くなっています。筋肉は酸素をたくさん消費しますから、酸素を多く運ばなければいけません。酸素を運ぶのはヘモグロビンで、ヘモグロビンは鉄でできています。また、筋肉はエネルギーを多く消費します。エネルギーをつくり出すためにはミトコンドリアで鉄が必要となります。
 スポーツ選手が必要とする鉄の量は通常よりも多いため、鉄不足に陥りやすいのです。

② 鉄の喪失量の増加
 アスリートでは鉄の喪失量も多くなります。激しい運動をして汗が出ると、その汗と一緒に多くのミネラルが失われます。
 汗には、鉄をはじめ、カリウム、カルシウム、マグネシウム、亜鉛などのミネラルが含まれています。大量の汗をかく場合にはこれらのミネラルの喪失が問題となるのです。

 また、足の裏に強い衝撃が加わるような激しい競技では、赤血球が壊れてしまうことが貧血の原因となります。これは、溶血性貧血と呼ばれます。競技としては剣道、空手、走高跳び、マラソン、サッカー、バスケットボール、バレーボールなどのスポーツです。
 これらの競技が原因で起る貧血は、“運動性溶血性貧血”と呼ばれています。さらに、激しい運動の後には消化管からの出血を認めることもあります。
 また、運動後に赤血球の代謝周期が早くなる可能性も指摘されています。

③ 摂取量の不足
 通常の人は、1日約10mgの鉄を摂取する必要があるとされています。体内からは1日約1mgの鉄が汗、尿、便から失われ、食事などから摂取した鉄の吸収率は約10%と言われていますので、10mgが必要量となるわけです。アスリートの場合にはおよそその2倍の20mgが必要です。これを食品で摂るとなると、かなり大変です。

 鉄20㎎をとるためには
  牛肉   約300g
  豚レバー 約150g
  鳥レバー 約200g
  納豆   12パック
  卵    20個

 こんなにたくさん食べなければいけないのです。
 現実的には、アスリートの方は鉄のサプリメントを補助的に摂ることが必要だと思います。

④ 希釈性貧血
 この現象はアスリートに特徴的です。運動をすると、筋肉量が増え酸素の必要量が増えます。すると、恒常性を保つために、全身の循環血液量を増やそうします。心肺機能が強化されることによっても循環血液量が増えます。血液の液体成分である血漿が増えて、血液の粘性が低下して血流が促進されます。血漿成分が増加し、相対的に赤血球数、ヘモグロビン濃度が低下します。

 このような条件から、アスリートは一般の人に比べると貧血になりやすいということがいえます。

成長期の若い選手、女性選手は特に貧血になりやすい

 成長期に激しい運動を行う選手は骨の成長、筋肉の増加に伴ってより多くの鉄が必要となるため、貧血になりやすいことがわかっています。さらに、女性のアスリートは月経により毎月かなりの量の出血があるため、より深刻な貧血になりやすいのです。

 このように、貧血になりやすいアスリートは定期的に医師の診察を受け、血液検査で貧血の状態を確認することをお勧めします。また、貧血という診断を受けた場合には、適切な治療を行う必要があります。貧血はすぐには改善しませんので、時間をかけて治療に臨むことになるでしょう。

ヘモグロビンと運動能力について

 体内の鉄の量は、スポーツ選手の成績に大きく関わっています。
 運動に必要なエネルギーを得るため、細胞のミトコンドリアの中でエネルギーを作り出す回路をまわすためには酸素と鉄が必要です。

 酸素はヘモグロビンが運びますから、鉄不足があればヘモグロビンが減るため、酸素を充分に供給することができません。また、鉄そのものがエネルギーを作り出すために必要ですので、鉄不足はエネルギー産生に二重に影響してくるのです。

 ヘモグロビンが増えれば酸素供給能が上がるため、持久力がつきます。貧血になれば、スタミナがなくなり、持久力も落ちます。ですから、貧血はアスリートの成績に直結しているのです。

 ヘモグロビンと身体能力について理解するためにご紹介したい話が2つあります。

 一つは、私が昔観たサスペンスドラマです。かなり前ですので、すべて正しく記憶しているわけではありませんが、ヘモグロビンが事件の鍵となっていました。
 犯人が水中での完全犯罪を目指すため、潜水時間を超人的に延ばすように、たくさん肉を食べては自分の血液をストックして準備するのです。そして直前にその血液を注射で体内に戻し、犯行に及ぶというストーリーでした。
 「ヘモグロビンが通常よりもたくさん血液中にあるので、長時間水に潜っていられる」、というトリックになっていたのです。少し話の展開・設定に無理がありましたが、理論的には正しく、脚本を書いた人はなんと頭がよかったのだろうと思いました。

 もう一つはマラソン選手についてです。これは現実に行われていることです。

 マラソン選手は大切なレースの前に、高地(標高が高い山)でトレーニングを積みます。これの理由は、酸素濃度が低い場所で運動をすると、身体が必要性に応じて“馴化”(生物が温度,光,標高などの気候や環境の変化に対して生理的に順応すること)が起こり、ヘモグロビンの量が増えるからです。
 少ない酸素で激しい運動に耐えられるようにヘモグロビンを増やしたところで、酸素濃度が濃い場所(標高の低い場所)に戻ってすぐにレースに臨めば、酸素運搬能力が高まっているため、同じレースであっても楽に走れるということになるわけです。

 ヘモグロビンを増やして身体能力を高めることができると考えると、成績を出したい監督、コーチがアスリートに鉄の注射をしたくなる気持ちもわかりますが、鉄過剰症は非常に危険であるので、本当に必要な人以外には行うべきではないと思います。

スポーツ選手は貧血に気づきにくい

 スポーツ選手が貧血になりやすいことは昔から指摘されています。そして、特に女性選手にその傾向が強く出ています。けれども、スポーツ選手も一般の人と同じように、貧血という病気に気がつかず、不調があっても調整不足だと考えて、きちんとした対応をとっていないことが多いのです。

 本来とても健康なはずのアスリートたちですから、まさか自分が病気にかかっているなどと思いつかないのでしょう。体調不良になっても、コンディションが悪いのは自分の責任だと言われるため、それを言い出すことができず、我慢してさらに激しいトレーニングに励む人もいます。

 貧血というと大した病気ではないようなイメージを持っている人が多いのですが、れっきとした病気です。多くのアスリートが、貧血が原因で体調不良に陥り、成績が低迷してしまっていることが多くあるのです。アスリートは、定期的に血液検査を受けて貧血がないかどうか確認することをお勧めします。

貧血の治療 鉄剤内服と注射

 貧血改善の治療としては、鉄剤の内服薬投与と静脈注射があります。鉄剤の処方薬は非ヘム鉄であり、吸収率が悪いと言われています。
海外ではキレート鉄が鉄サプリメントの主流であり、内服薬の処方を受けるよりも貧血の改善には効果が高いのですが、血液検査を受けるためには医師の受診が必要となります。栄養療法に理解のある医師をみつけて貧血の検査を受け、内服はサプリメントをネットで購入するというのが理想的かと思われます。

 鉄剤の静脈注射は内服薬と異なって、直接血流に入るため、鉄の過剰が問題となります。内服の場合には、腸での吸収率が悪いため、そんなに過剰症に神経質になる必要はありませんが、注射は、重症の貧血で、緊急に鉄の補充が必要な場合にのみ行います。そして、この際にも血液検査の値を確認しながら、鉄過剰とならないように注意し、充分な値が得られたら治療をやめる、あるいは内服薬に切り替えるなどの対応が必要です。

 少し前に、女子高校生のアスリートを監督が内科に連れて行って、定期的に鉄剤の注射を受けさせていたことが問題となりました。
 本当に貧血がひどいのであれば、問題ではないかと思いますが、血液検査もせずに、注射をしていたというのはドーピングに近いものがあるでしょう。

 大学においても、体育会の部で処方薬の鉄剤をあらゆる方法で収集し、選手たちに服用させるということがあると聞きました。実は、処方薬よりも海外のサプリメントの方が鉄補給には効果的ですので、やっきになって処方薬を手に入れる必要はないのにと思いましたが、過剰な量を服薬させるということも起こっているようです。鉄の補給については、必要性を確認して行うよう、しっかりとした指導が必要だと感じています。

ポパイPopeyeがホウレンソウを食べると強くなった理由は鉄?

 これは、余談です。
 1929年にアメリカで生まれたアニメの人気キャラクターであるポパイはホウレンソウを食べると力がもりもり強くなるという設定でした。日本でも1960年代前半にテレビで放映されて人気者となりました。

 船乗りのポパイがガールフレンドのオリーブを守るためにホウレンソウを食べて悪者をやっつけるという痛快なストーリーで、日本でも「ホウレンソウが身体を強くする食べ物」たということを浸透させるのに一役買ったようです。私も小さいころに、ポパイが缶詰のホウレンソウを食べてもりもり強くなるアニメを楽しく観ていた記憶があります。今でいう、アンパンマンのような楽しいアニメでした。

 何故ポパイが「ホウレンソウを食べて強くなる」、という設定となったかというと、いろいろな説があるようですが、「栄養素を豊富に含む身体によいホウレンソウを子供にたくさん食べさせたい」という親の願いが背景にあったのは間違いないようです。

 では、ホウレンソウに含まれている栄養分とはいったい何でしょうか?

 たんぱく質、鉄、食物繊維、ビタミンB、ビタミンC、ビタミンE、ビタミンK、葉酸、βカロチン、そして栄養素と言えるかどうかわかりませんが、硝酸塩も含まれています。

 ここにきて、硝酸塩が注目を浴びています。

 ポパイからずいぶんたってから、2012年に、スウェーデンのカロリンスカ研究所の研究者により、なんと、“ポパイの強さの原理”が証明されたのです!(1)

 ホウレンソウに含まれている硝酸塩が、速筋(瞬時に働く筋肉)を強くするというのです。具体的には硝酸塩がカルシウム代謝に関係するたんぱく質を増やすことによって、筋肉に放出されるカルシウムが増え、結果として“筋力アップにつながる”ということなのだそうです。
これはマウスの実験結果ですが、人間で、ホウレンソウを1日200g程度食べると摂取できる硝酸塩の量で、速筋の中のカルシウムの処理に係るタンパクが増加して、カルシウムが増えることにより、収縮力が高まるのです。
速筋は瞬発力を要するような運動に使われる筋肉ですから、まさにポパイの強さのカギと言えるでしょう。

瞬発力を必要とするようなアスリート、短距離走、ウェイトリフティング、相撲などの選手の方は、ホウレンソウをたくさん食べるとよいかもしれません。

 私はポパイの強さには、鉄も関係していると考えています。もちろん、鉄を摂取してすぐに効果が出るわけではありませんが、エネルギーをつくり出すためには鉄が必要ですから。

 ところで、ホウレンソウに関して言えば、鉄の含有量は昔に比べてかなり減ってきているようです(2)。鉄のみならず、他の栄養素、そしてほうれんそうだけではなく、他の野菜についても各種栄養素は食品成分表の値を下回っており、以前に比べて減少傾向にあります。

 化学肥料の使用などにより土地がやせてしまったり、栽培期間が短縮されて栄養素を地中から吸収する量が減っているために栄養価が高い野菜を得ることが難しくなっているものと思われます。

 昔のように、野菜を食べていればビタミンは足りる、という時代ではなくなりつつあるのかもしれません。

 また、ホウレンソウのように植物性の食品に含まれている鉄は非ヘム鉄といって、吸収率が低い鉄です。吸収を上げるためにはビタミンCと一緒に摂取することが望まれます。ただし、貧血の方はやはり、適切なサプリメントによる補充が適切であると考えています。

鉄の過剰症について

こちらについては、別途ご説明いたします。

(1) Hernandez A et al. Dietary nitrate increases tetanic [Ca2+]i and contractile force in mouse fast-twitch muscle. J Physiol. 2012 Aug 1;590(15):3575-83. doi: 10.1113/jphysiol.2012.232777. Epub 2012 Jun 11.
https://physoc.onlinelibrary.wiley.com/doi/abs/10.1113/jphysiol.2012.232777
(2)http://www.gifu-cwc.ac.jp/tosyo/kiyo/53/zenbun53/hourensou_watanabe.pdf
ほうれん草・小松菜の鉄分含有量の調査(№2) Research on iron components in spinach and komatsuna(№2) 渡辺優子 清水英世